カセサート大学獣医学部訪問報告

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キャンパス内風景

平成31年2月18日から28日までの10日間、タイのカセサート大学獣医学部を訪問してきました。カセサート大学の獣医学部は首都バンコクと農村地であるカンペンセンの2つのキャンパスからなります。1学年に120-140名程度が在籍し、6年間の学生生活のうち最初の3年間はバンコクキャンパスで学び、残りの3年間はカンペンセンキャンパスで学ぶとのことでした。
初めの7日間はカンペンセンキャンパスに滞在しました。体調1mを超える野生のオオトカゲも闊歩する広大な土地には、獣医学部の他に農学部、教育学部などの様々な学部棟、ウシやウマなどの家畜診療所、小動物診療所、牧場、野生鳥獣の保護診療所、さらにタイならではでのゾウの診療所が整備されており、それらの診療所で働く多くの獣医はカセサート大学の卒業生であるとのことでした。滞在期間中には流産したゾウが運びこまれており、翌週には経膣でカメラを挿入し、流産による子宮への損傷を検査するとのことでした。ゾウ専用の診療所は天井が高く、上からゾウ吊るすことも可能な設計になっており、ゾウ専用の運搬車も整備されているなど充実した設備が整っていましたが、寄付によるものも大きいとのことでした。

治療中の象

また、野生鳥獣に関しては、怪我をしたフクロウやタカ、さらに大型の鳥獣が持ち込まれた際に治療、経過観察を行ったのち野生に戻す活動もしているようです。滞在期間中に他施設を見学することはかないませんでしたが、学内の牧場に併設するステーキハウスでは、美味しいステーキをいただくことができました。

カンペンセンキャンパスでの滞在期間中は主に実習見学、ラボ見学、共同研究に関する打ち合わせを行いました。実習に関しては4年生が対象の病理学実習と5年生が対象の大動物学実習を見学させていだだきました。4年生の病理学実習では、農家から持ち込まれた豚レンサ球菌に感染したと思われる子豚が持ち込まれ、麻酔薬の投与による安楽殺を学生が施したのち、6名程度の班に分かれ、各班で組織所見をしながら、病理解剖を行っていました。教員が回りながら適宜学生の所見が正しいか、見落としがないかチェックされていましたが、興味深かったのは、隣接した作業台では教員やテクニシャンとして働く獣医師による病理解剖も同時に行われていた点です。すぐ隣で仕事としての病理検査が粛々と行われている現場に身を置けるというのは学生にとって大きなメリットであると感じました。また、5年生の実習では、ウシの第四胃変位手術を行っていました。ウシ一頭につき学生6人が手術を行い、1回の実習で10頭の牛を同時に手術していました。教員7名とTA5名程度で学生のフォローをしていました。ここでいうTAは大学院生ですが、彼らの多くは平日は大学で研究をしながら実習の手伝いをし、休日は獣医師として現場に出向くという生活スタイルを送っているようでした。

乳牛農家への往診

大学には常時200頭程度の肉ウシおよび100頭程度の乳牛が飼育されているとのことでした。実習に用いたウシは大学の実験動物施設で計画的に繁殖され、実習後には売却されるとのことです。このような生きたウシを使って手術の実習を行う大学はタイではカセサート大学のみとのことです。5年生のもう一方の60名は屠場からもらったウシの足を棒にくくりつけたものを使用し、削蹄の練習をするという実習内容でした。また、別日には家畜農家の往診に同行させていただきました。6年生の臨床実習では、1グループに2-3名ずつに分かれ、半数のグループがバンコク、もう半数のグループがカンペンセンでそれぞれ小動物臨床、大動物臨床を実際の現場について学ぶようです。私は乳牛農家への往診を行うグループに同行しました。蹄の裏側に菌感染と思われる症状が認められたため、削蹄、洗浄、消毒を行っていました。診断は教員が行い、学生も教員の指導のもと削蹄を行っていました。50頭程度規模の農家でしたが、消石灰等の家畜伝染病に対する予防措置が十分に行われておらず、家畜伝染病対策についての周知が必要であるように感じましたが、日本と同様に、タイでも農村地などの田舎では獣医師不足が問題になっているようです。

Narut先生らとの研究打ち合わせ

以前何度か来日し共同研究を行っていたNarut先生と今後の共同研究について話し合うことができました。Narut先生とはタイ原産のコブウシであるゼブーの繁殖制御メカニズムについて明らかにすることを目的にこれまで研究を行ってきました。哺乳類の繁殖制御中枢である視床下部に局在するキスペプチンニューロンの発現分布と発現機序に関するデータをこれまで採取してきました。今回の訪問では追加データ採取に関する打ち合わせと論文化についての擦り合わせを行いました。また、大学院生には研究に関して積極的に意見を求められことが多く、ヤギ、ブタ、ウシといった家畜の脳の薄切切片の作成、保存方法および染色方法などの実験手技に関する質問を受けることもたびたびあり、学生の研究意欲の高さがうかがえました。
2月25日から27日までの3日間はラオスとの境にあるタイ北部のナーンという地域へカセサート大学教職員チームによる実地調査に同行しました。タイでは前国王がイヌを大変かわいがっていたことやその国民性も相まって、日本のように野良犬を保健所へ連れて行くという文化が浸透していません。そのため、野犬がいたるところを歩いており、地域の人々が何となく共同で面倒をみている場合がほとんどでした。

農村の野良犬

飼育されているイヌについても各自治体へ登録するといった制度自体がないようです(あるいは浸透していない)。しかしこれからは、犬の生息分布を把握し、狂犬病等の人獣共通感染症の発症に対処できるシステムを構築していく必要があります。カセサート大学のチームでは、任意の400m四方を囲む領域の地形、人口密度等を数値化し、同チームが作成した計算式を用いることで、その地域におけるイヌの生息数を算出することに成功しているようです。今回はナーンの任意の領域に出向き、地域職員と共に住民への聞き取り調査を行い、算出された個体数と実際の個体数にどれだけの差異が生じるかを明らかにすることを目的に今回の調査は行われました。私はスケジュールの都合上最後まで同行することはできませんでしたが、各民家を訪ねるにあたり、軒先きで鶏が雛を連れて自由に歩きまわっているかと思えば、隣で何産もしているかのような犬が仔犬に乳を挙げているなど、一見すると微笑ましい光景ではありましたが、「人獣共通感染症」という観点から見ると非常に際どい状況を目の当たりにすることができました。
最後に、カセサート大学と岡山理科大学との大学間協定、特に学生の交換プログラムなどの可能性について話し合うことができました。カセサート大学はこれまでに日本の様々な大学と協定を結んでおり、短期および長期の交換プログラムや学生研修の受け入れを行ってきているようです。現在の国際連携担当のTanu先生がおっしゃるには、「基本的に我々は来るものは拒まないスタンスだ」とのことです。Tanu先生は今年の9月で定年退職されるようで、今後の担当については未定とのことですが、カセサート大学との連携は充実した実習内容、熱帯地域ならではの獣医学、そして国際的なコミュニケーション能力や視野を養う過程で多くの学びが得られると感じました。

報告者        
獣医学部 獣医学科
動物衛生学講座 助教
中村 翔

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